専門家ブログ Expert Blog
A:多くの方が、労働基準法第26条の休業手当や、雇用調整助成金などは聞いたことはあると思います。ただ、労働基準法第26条のいう「休業」が何を指すかご存じない方は多いでしょう。休業により人件費が抑えられるかどうかは、使用者の帰責性の有無や程度、労働者との合意の有無によって変わってきます。ここでは、大きく4パターンに分けてご説明します。
1.労働基準法第26条の休業手当を支払うケース:60%以上の賃金支払い+助成金の活用
労働基準法第26条は「使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の百分の六十以上の手当を支払わなければならない。」と定めており、「使用者の責に帰すべき事由による休業」の場合に平均賃金の60%以上の支払を義務付けています。
ここでいう「使用者の責に帰すべき事由」とは、「使用者側に起因する経営、管理上の障害を含む」(ノースウエスト航空事件 最二小判昭62.7.17 労判499-6)と説明されていますが、分かり やすく言うと、「会社都合の休業では、最低でも平均賃金の60%以上を支払わなければならない」ということです。ただし、60%以上支払えば、「100%までは支払わなくてよい」という意味ではありません。(なお、100%支払わなくてはいけないケースは後でご説明します。)
政府の雇用調整助成金については、一般的に経済上の理由により事業活動の縮小を余儀なくされた事業主や、新型コロナウイルス感染症の影響を受ける事業主を対象に、従業員の雇用維持を図るために、「労使間の協定」に基づき、「雇用調整(休業)」を行うための助成金で、売上高や生産量が3か月10%以上減少、また は1か月5%以上減少したことを条件に、1人当たり最大1日8,330円また は15,000円を助成するものです。
自社のケースで「使用者の責に帰すべき事由」の内容を確認し、適用可能な助成金の上限を考慮し、休業手当の支払と助成金の活用でどの程度人件費が抑えられるかを具体的にシミュレーションしてみると、その効果がよく分かると思います。
2.使用者に帰責性がないケース:休業手当の支払は不要
労働基準法第26条を反対解釈すると、「使用者の責に帰すべき事由」によらない休業の場合、使用者は賃金を支払う必要がない、ということになります。
労働者の都合による場合はもちろんのこと、例えば、自然災害や計画停電で業務の実施が不可能な場合(平成23.3.15基監発0315第1号)や、従業員の所属する労働組合によるストライキで業務が実施でき ない場合(ノースウエスト航空事件 最二小判昭62.7.17 労判499-6)等のケースでは、使用者は労働者に賃金を支払う必要がありません。
ひと 口で「仕事がなくなった」と言っても、どんな原因で「仕事がなくなった」かによって、休業手当を支払う必要がないケースがあることを覚えておいてください。
3.休業の原因に会社の故意・過失が認められる場合:100%の賃金支払い
労働基準法第26条に従って「平均賃金の60%以上を支払えば常に足りる」ということではありません。例外的に、賃金の100%を支払わなければならない場合もあります。
民法5636条2項は、「債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。」と定めておりますが、これを労働契約にあてはめると、使用者(労働者を就労させる権利を有する債権者)の「責に帰すべき事由」によって就労(労働する債務)の履行ができなくなったときは、使用者は賃金の支払(労働の反対給付の履行)を拒むことができない、ということになります。つまり労働者が働かなくても賃金を支払う義務は消滅しないということです。
ここでいう「債権者の責めに帰すべき事由」は、労働基準法第26条の「使用者の責に帰すべき事由」より範囲が狭く、使用者の故意・過失また は信義則上それと同視すべき事由を意味するとされてい ます。つまり、従業員の休業理由に関し、使用者の帰責性の程度が高い場合には、労働基準法第26条の休業手当を払えば足りるわけではなく、賃金の100%を払わなければならない場合がある、ということです。
例えば、「スキル不足から、任せられる業務がない」という理由で従業員に退職勧奨をしながら労働基準法第26条の休業手当が支払われていたケースで、民法536条2項に基づく賃金全額の支払いが命じられた裁判例(大阪地判平成24年4月26日 労働経済判例速報2147号24頁)や、リーマン・ショック後に有期雇用従業員を雇用期間満了時まで休業扱いとし労働基準法26条の休業手当が支給されていたケースで、「有期雇用では当該契約期間内の雇用継続およびそれに伴う賃金債権の維持については期待が高くその期待は合理的なものと評価すべきである」として民法536条2項に基づく賃金支払いが認められた裁判例(東京高判平成27年3月26日 労働判例1121号52頁)などがあります。
4.従業員との合意あり:賃金なしでの休業も可
従業員が合意する限り、賃金なしの休業も可能です。例えば一定期間、専門能力を高めるために他社で勤務することを認め、従業員がこれを選ぶ場合、金銭的補助を与えて専門的な教育を受けさせるプログラムを用意し、従業員がこれを選ぶ場合など、従業員が自発的に受け入れる環境を会社が用意すれば、結果として人件費を抑えることは可能です。
最近は、人材余剰のある企業から人材不足の企業への出向や期間限定での転籍をあっせんするサービスなども現れており、従業員との合意のもと に人件費を抑える方法も多様化しました。
賃金なしでの休業というと、一見、従業員にとって不利益で許されないかのように思われますが、従業員との合意がある限り労働条件の変更は許されるので、如何にして従業員のニーズを満たして合意を得られるかがポイントであると言えます。