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Q:法的リスクを抑えながら、人員削減(退職勧奨、解雇・雇止め)を行う方法を教えてください。[ヒトの再編]

執筆者
佐藤宏和 弁護士

佐藤宏和 弁護士

プロフィール

A:人員削減の方法には、退職勧奨による合意退職と、使用者の一方的な意思表示による解雇・雇止めがあります。多くの会社において、法的リスクを抑えるべく「できるだけ合意退職を目指そう」という意図で、「まず退職勧奨をする」ケースが見られますが、この方法は適切ではありません。

退職勧奨をするには、「合意が取れない場合に解雇・雇止めできるか」という検討を十分に行ってからでないと、「労働者と対立関係を生じさせただけで雇用を終了できない」という、袋小路に陥るリスクがあります。

退職勧奨は、解雇・雇止めが法的に無効となるリスクの高さを評価し、それを加味した退職パッケージ(解決金、退職時期、有給休暇の消化等)を提示し、退職勧奨が拒否された場合の措置(解雇・雇止めの他に、配置転換、社内規程と人事評価に基づく減給、業績改善プログラム等)を準備した上で行うべきです。

人員削減を行う場合に、取るべきステップは以下のとおりです。

1. 人員削減の理由を明確にする

大きく分けて、人員削減の理由は、①会社の財務状態の悪化など、使用者側の事情が理由となる場合、②従業員の能力不足など、労働者側の事情が理由となる場合、③使用者側と労働者側の事情が混在する場合、の3つに分かれます。退職勧奨であれ、解雇・雇止めであれ、人員削減が法的に争われると「客観的に合理的な理由」の有無が重要な争点になりますので、人員削減の理由をきちんと整理しておく必要があります。

多くの会社で、人員削減の真の理由は①であるのに、表面的に②を理由として、労働者側から「能力不足の事実はない」と反論されて使用者が対応に窮するケースが見られますが、労働者と対立してからでは選択肢が限られてしまうため、事前によく整理しておく必要があります。

特に外資系企業では、日本法上のリスクを軽視した人員削減が非常に多く見られます。最終的に紛争が長期化して多額の解決金を支払う事態を避けるためには、慎重に考える必要があります。

2. 仮に解雇・雇止めに踏み切った場合に法的に無効となるリスクの高さを評価する

解雇であれば労働契約法16条の「客観的に合理的な理由」と「社会通念上の相当性」、雇止めであれば労働契約法19条の「契約更新期待の合理性」に加えて「客観的に合理的な理由」と「社会通念上の相当性」、有期雇用期間中の解雇であれば「やむを得ない事情」など、対象となる労働契約の種類に応じて、解雇・雇止めが法的に無効になるリスクを分析する必要があります。法的リスクの分析には、解雇・雇止めの理由を基礎付ける具体的な事実について、証拠を評価する必要があります。

具体的には、人員削減の理由が会社の財務状態の悪化にある場合は、いわゆる「整理解雇の4要件(要素)」(①人員削減の必要性、②解雇回避努力の履行、③対象者選定の合理性、④手続の相当性)を検討するため、会社の財務諸表や過去の人事評価情報などを証拠として評価する必要があります。

あるいは個々の労働者の能力不足や勤務態度が理由の場合は、雇用契約書、就業規則、過去の人事評価情報、メールでの業務上のやり取りの記録、労働時間記録などを証拠として評価する必要があります。

これらを吟味し、「仮に解雇・雇止めに踏み切った場合に、裁判所がこれを無効と判断するかどうか」について、(1)リスクが高い、(2)リスクが低い、(3)どちらともいえない、などのリスク評価を行う必要があります。

3. 無効リスクに見合った退職パッケージを用意する

「退職パッケージ」とは退職に伴う諸条件を意味しますが、その中心は金銭給付いわゆる「解決金」です。通常、解決金は「月給の〇か     月分」という形で議論され、実額はあまり考慮されません。その理由は、雇用が継続していれば将来に支払いが保障されたであろう給料をどのくらいの期間にわたって前倒しで支払うか、ということが、労働者が退職を受け入れることの対価とみなされているからです。

使用者としては、解雇・雇止めの無効リスクの高さに応じて、労働者に提示する解決金の額を決めるべきです。その理由は、労働者が裁判所で争うことのリスクや時間・コストを考慮して、使用者の提示する解決金の額を受け入れるかどうかを決めるからです。使用者の提示額より争う方が有利と判断すれば労働者は退職勧奨を拒否して争うでしょうし、争っても使用者の提示する解決金額を得るのは難しいと判断すれば労働者は退職勧奨を受け入れるでしょう。

退職パッケージでは、解決金以外に、退職の時期、会社都合と自己都合の区別、業績に応じた賞与・歩合給の支払、有給休暇の消化・金銭化などが論点になりますが、使用者と労働者の間で折り合える落としどころを見つけられるよう検討すべきでしょう。

4. 退職勧奨が拒否された場合の措置を予め準備する

使用者にとってこれは極めて重要で、退職勧奨を労働者に拒否されてから弁護士に相談するというのは非常にまずいやり方です。

いったん退職勧奨を開始してしまえば、使用者と労働者の信頼関係は破壊され、職場の人間関係にも悪影響が生じる可能性が高い一方で、解雇・雇止めに踏み切るのに十分な証拠や適正手続が履行されていない場合は、前にも後ろにも進めない「袋小路状態」に陥ります。このため、退職勧奨が拒否された場合の代替措置を予め準備しておく必要があります。

例えば、解雇・雇止めに比べ、配置転換は、一般的に使用者の広い裁量に委ねられています。人員削減の理由が財務状態の悪化であれば、不採算部門から採算部門へ、また     は間接部門から直接部門への配置転換が考えられ、労働者の能力不足が理由なら、労働者の適性を考慮した配置転換が考えられます。配置転換は、整理解雇の4要件のうち②解雇回避努力の履行や④手続の相当性に関して使用者に有利に働く可能性があり、労働者がこれを不合理に拒否すれば、職務命令違反自体が解雇・雇止めの合理性を補強するため、当面の解雇・雇止めに代わる重要な代替措置です。

この他の代替措置として、社内規程と人事評価に基づく減給、業績改善プログラム(PIP:Performance Improvement Plan)などが考えられますが、いずれも即効性のある措置ではなく、中期的に将来の解雇・雇止めの合理性が補強されるに留まります。

5. 退職勧奨を実施する

上記1、2、3、4のステップを踏んだ上で、退職勧奨を実行します。個別面談を行う場合は、後で発言の有無について争いが生じないよう、念のため録音しておくことをお勧めします。なお、仮に相手に告げずに会話を録音したとしても、相手が伝達を意図して行った発言である限り、録音それ自体が違法となることはありません。

労働者が退職勧奨に応じた場合は、退職パッケージに関して書面での合意を取得することが極めて重要です。文書の作成名義人の印影が当該名義人の印章によって顕出されたものであるときは、反証のない限り、その印影は本人の意思に基づいて顕出されたものと事実上推定されるので、これと「私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する。」と定める民事訴訟法第228条4項を組み合わせることで、文書全体の成立の真正が法律上推定されます。これを     分かりやすく言うと、労働者が自分のハンコを押した文書が証拠としてあれば、労働者の合意があるものと推定されるため、よほどの事情がない限り後になって労働者が「退職を強要された」と主張することは極めて難しくなるからです。

もっとも、退職勧奨の実施は、極めて慎重に行う必要があります。

例えば、①使用者が「退職届を提出しなければ懲戒解雇する」などと述べて退職届を提出させたところ、労働者の退職の意思表示が強迫(民法96条1項)により取り消された裁判例(大阪地決平成1年3月27日)や、②労働者が自己都合退職しなければ勤務成績不良により解雇されると誤信して自己都合退職したところ、労働者の退職の意思表示が錯誤(民法95条1項)により無効とされた裁判例(横浜地裁川崎支部 平成16年5月28日 昭和電線事件)、③人事担当者の「本来はもっと重い懲戒に相当するものであることを十分自覚されていますか。」という発言から、懲戒解雇による退職金の不支給や再就職への悪影響を恐れて労働者が自主退職したところ、労働者の退職の意思表示が錯誤(民法95条1項)により無効とされた裁判例(東京地判平成23年3月30日 富士ゼロックス事件)などがあります。

6. 退職勧奨が拒否された場合の代替措置を実行する

上記4で予め準備した代替措置を実行する場合、当該代替措置の適法性に留意する必要があります。

配置転換は一般的に使用者の広い裁量に委ねられておりますが、(ア)業務上の必要性が存在しない場合や、(イ)不当な動機・目的による場合、(ウ)通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせる場合は、権利濫用により違法(最判昭和61年7月14日 東亜ペイント事件)とされることがあります。例えば、①病院の事務職・ケースワーカーを労務職・ナースヘルパーに配置転換したケースで、「業務の系統を異にする職種への異動、特に事務職系の職種から労務職系の職種への異動については、業務上の特段の必要性及び当該従業員を異動させるべき特段の合理性があり、かつこれらの点についての十分な説明がなされた場合か、あるいは本人が特に同意をした場合を除き、一方的に移動を命ずることはできない」とした最高裁判例(最判平成11年6月11日 直源会相模原南病院事件)、②関係会社の総務部長を歴任した労働者を、実質的に物流課の一担当者に過ぎない「〇〇営業所所長」という役職への配置転換が余りに不相応なものとして、実質的に労働者を懲戒するという不当な動機・目的で行われたとして、配置転換命令が無効とされた裁判例(東京地判平成28年1月14日 大王製紙事件)などがあります。

使用者が人員削減を行う場合は、以上のようなステップを踏まえて慎重に行う必要があります。

この記事は執筆時点での法令および裁判例等の状況に基づいており、以降、現在までの法改正や裁判例の追加を踏まえたものではありませんので、ご留意ください。
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